<講義目的>
労働経済学は応用経済学の一部であり、労働の需要と供給及びその総合としての雇用と賃金の決定を分析することをその任務とする。しかし、他の応用経済学と違って、分析対象である「労働」は人間そのものに体化された特殊な商品であるため、その分析には多くの制度的な要因の考慮が必要となる。それらの制度要因のうち、本講義で特に重視されるのは「技能形成」というしくみである。ここに注目することにより、「終身雇用」や「年功賃金」などのいわゆる「日本的雇用慣行」と呼ばれるものの一般性を、統計や実態調査結果の吟味及び国際比較を通じて理解することが、本講義の最大の目的のひとつである。
<授業計画>
第1回(第1章「労働経済学の意義と目的」)
第2回
(2)労働への参加
1. 労働統計と労働力
基本的な労働統計のうち、「労働力調査」と「就業構造基本調査」についての説明をおこない、「働く」ということの二つの概念を理解する。
第3回
(2)労働への参加
2. 労働力率
「労働力率」の概念を理解し、年齢別労働力率の時系列変化及びその国際比較をおこなう。
第4回
(3)就業者の構成
1. 雇用者と自営業者
様々な労働者グループの特徴を理解し、そうした労働者群の産業別・職業別構成を把握する。
第5回
(3)就業者の構成
2. フルタイマーとパートタイマー
労働時間でみた労働者分類を理解し、その時系列変化及び国際比較をおこなう。
第6回
(4)人的資本理論 − 教育と訓練
労働の質の側面、とりわけ教育と訓練に着目し、その代表的理論である「人的資本理論」を理解する。
第7回
(5)労働供給の基礎理論
1. 所得−余暇分析 − 労働供給曲線の導出
所得−余暇分析の基本を理解し、労働供給曲線の導出及び労働供給関数の例示をおこなう。
第8回
(5)労働供給の基礎理論
2. 所得−余暇分析の現実への適用
労働時間の選択に関する仮定をおき、より現実的な労働供給分析の例を講義する。さらに、実証例としてのダグラス−有沢の法則を理解する。
第9回
(6)労働需要の基礎理論
1. 生産関数と限界生産力説
生産関数及び限界生産力説を説明し、労働需要が製品需要の派生需要であることを理解する。
第10回
(6)労働需要の基礎理論
2. 労働需要曲線の導出
企業の利潤極大の仮定のもと、限界生産力説による短期及び長期の労働需要曲線を導出する。また、労働需要関数の例示をおこなう。
第11回
(7)労働市場 − 賃金と雇用の同時決定
(5)、(6)で示された労働供給関数、労働需要関数を用い、完全競争下及び不完全競争下での賃金と雇用の決定を理解する。また外生変数が変化したときの賃金と雇用量の変化についても論じられる。
第12回
(8)内部労働市場論
1. 労働需要変化への企業の対応 − 労働の「固定的」性格
短期的な労働需要の変化にたいして、企業が実際にとる対応を具体例をあげて解説し、そのことにより労働が理論が教えるよりもはるかに固定的な投入要素であることを理解する。
第13回
(8)内部労働市場論
2. 長期勤続と年齢−賃金プロファイル
企業内における労働の固定性を勤続年数の吟味によって実証し、さらにそうした固定的労働への報酬が一般的に「年功」的に払われる傾向があることを、年齢−賃金プロファイルの観察をとおして理解する。
第14回
(8)内部労働市場論
3. OJTと企業特殊熟練
労働の固定的な性格を説明する理論である「内部労働市場論」を紹介し、その理論的基礎を把握する。とりわけ、そのキー概念であるOJT(仕事につきながらの訓練」)と企業特殊熟練の説明をおこなう。
第15回
(9)労働者の技能とキャリアの形成
1. ブルーカラーの技能形成
ブルーカラーの技能形成に焦点をあて、イギリスを中心としたヨーロッパ型技能形成と、内部労働市場を前提としたアメリカや日本の技能形成の実態を比較分析する。
第16回
(9)労働者の技能とキャリアの形成
2. ホワイトカラーのキャリア形成
ホワイトカラーに焦点をあて、その技能形成上の特徴が企業内におけるキャリア形成にあること、そうした特徴はほぼどの国についても見られること、しかしながら昇進選抜のしくみや経験の幅に日本と他国の違いがあることなどを説明する。
第17回
(9)労働者の技能とキャリアの形成
3. 統計的差別と女子労働者の雇用管理
長期のキャリア形成という技能育成のしくみを前提としたときに発生する雇用差別の優れた理論的基礎を与える統計的差別理論を説明し、その応用例としての女子労働者差別の問題とその克服策を考察する。
第18回
(10)賃金の現代理論と賃金構造
1. 「年功賃金」の説明
いわゆる「年功賃金」を説明する伝統的理論と現代理論を解説する。「生活費保障仮説」、「熟練仮説」、「効率賃金仮説」、「トーナメント仮説」などが扱われる。
第19回
(10)賃金の現代理論と賃金構造
2. 賃金格差の実態
「賃金構造基本統計」を用い、年齢間、学歴間、産業間、企業規模間、労職間の賃金格差を分析し、日本の賃金構造の特徴を把握する。
第20回
(11)失業
1. マクロ雇用理論
主にケインジアン・モデルを用い、マクロ・レベルにおける雇用決定の理論を学習する。
第21回
(11)失業
2. 失業の分析
失業の類型を把握し、その説明理論としてUV分析、職探しの理論を紹介する。
第22回
(12)賃金水準の決定と賃金の硬直性
3. フィリップス曲線と賃金調整関数
マクロの賃金、失業、物価の関係を論ずる基礎を作ったフィリップス曲線の説明と、それに対するマネタリストの批判、及び日本における賃金調整関数の計測例について解説する。
第23回
(12)賃金水準の決定と賃金の硬直性
4. 賃金の硬直性
賃金の硬直性に関する伝統的見解と、その現代的説明理論である「暗黙の契約」理論、「効率賃金」仮説を解説する。
第24回
(13)労使関係
1. 労働組合の組織と機能
労働組合の諸類型とその歴史、及び期待される役割などを国際比較をとおして解説する。
第25回
(13)労使関係
2. 労働組合の効果
労働組合の存在が経済に与える影響を実証結果に基づいて論ずる。賃金への効果、生産性への効果が取り上げられる。特に、内部労働市場下における労働組合の行動の理論的・実証的分析との関係を考察する。
第26回
(12)労使関係
3. 労働力のタイプと労使関係
学習してきた技能形成の枠組みからみた労働力のタイプの分類をおこない、それに基づいて労使関係の歴史的変遷の説明と現状分析をおこなう。
<評価方法>
前期・後期の定期試験を総合して評価する。評価を受けようとするものは、定期試験を受けなければならない。定期試験を受けられなかった場合は、必ず所定の手続きに従って追試験を受けなければならない。
<参考書>
小野旭『労働経済学』東洋経済新報社
大橋勇雄他『労働経済学』有斐閣
中馬宏之『労働経済学』新世社
小池和男『仕事の経済学』東洋経済新報社
島田晴雄・清家篤『仕事と暮らしの経済学』岩波書店